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さらにそうこうしてるうちにスイッチバックで札幌へ出発。その間の僕らの移動距離は100m程か。
こいつらが雪遊びばっかで歩かんので前に進まない。初詣の後はセブンイレブンで食料を調達しようと思っているんだがこのままじゃ無理だぞ。
初詣を済ませるもどうにもこうにも雪遊びばかりで先へと進めない。時間ばかり過ぎ去ってどうにもならない。とりあえず行けるとこまでセブンイレブンへと向かう。しかしコープにもたどり着けずにタイムアップ。これ以上進むと列車の発車までに間に合わないと判断し駅へと引き返すことにした。
ずっと残ってほしいよね。この駅にも色々思い出がある。最近知ったことだが駅弁のかにめしがなくなったらしい。オホーツクの車内販売がなくなることに伴ってお店ごと閉店してしまったようだ。つくづく寂しい話である。
列車は白滝に向けて出発。
途中、旧「下白滝」で列車の行き違い。金華同様、駅は無くなっても行き違いの施設としては存続している模様。
特急の行き違いを終え列車は上川に向け出発。今年も上越信号場での時間を過ごすことができた。
チビどもは相変わらず外の景色には目もくれず。下のチビはiPad、上のチビは漫画だ。
列車は北見に到着。停車時間を利用しまずは駅のスタンプへ。そしてキオスクでチビどものおやつとビールを購入。
いつまでこの光景が見れるんだろうか。
列車は留辺蘂を出発。西留辺蘂を過ぎあの場所へ停車する。
ちなみに去年の様子はこちら→
http://ponpoko3.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%802016%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE17
上のチビにこの場所の説明をしてデッキに出る。常紋信号場のことや常紋トンネルのことである。そういう歴史的なことを現地で説明することも有意義なことだと思う。
車内ではチビどもにご飯を食べさせる。しかし車内は暖かい。ホッとするわ。
今回は3月に廃駅となる五十石の駅を眺めようと思っていた。列車は通過するけどそこを見届けようと思っていた。今思えば逆かぶりつきで遠ざかる駅も撮影したかった。しかし実際には知らんまに通過していた。「あちゃー」とは思ったけど去年の金華や白滝シリーズほどの思い入れはなかったので「まぁしょうがない・・・」で終わってしまった。
今年は新幹線開通ではまなすが廃止、さらに根室線が分断されているので18きっぷや北海道&東日本パスの人達はどうするんだろうと思っていた。いつもはそこそこ混み合うこのしれとこはどうなるんだろうと思っていたけど今のところ大きく変わったような感じは受けない。まぁここに来るまでがほとんど特急だったから他の普通列車に関してはわからない。もし今年僕が一人旅をしてたらどんなコースをとっただろうか???う~む、八戸から苫小牧までフェリー、もしくは新函館から夜行バスで札幌だな。そこからは石勝線と根室線で釧路。その後はいつもの乗り鉄の旅で釧網線・石北線の旅を楽しんだだろう。
列車は時折シカピッピをする。なので上のチビが張り付くと「おぉ~!!!」
今回の旅で初のシカピッピに立ち会った。下のチビもちゃんと見た。こういう光景は運転士氏からしたらただただ迷惑だろうが、子供らからしたらこういう場面に遭遇することはないので北海道らしい光景を見せられてよかった。
斜里岳!!!
その後は斜里岳と一緒に旅をする。
いつかは登るんだろうけどいつになるんだろう。今年はなんとか幌尻岳に登りたい。欲張って7月の連休には後方羊蹄山にも登りたい。しかし10月、もしくは来年の3月には東京生活は終わりを迎えるのではなかろうかと思われる。関西に戻ったら会社での立場的にも休みがとりにくい。僕も今年で40歳。そういう年代に突入するのである。正直百名山巡りは今後は危うい。今年で90座は超えるだろう。でも残りの10座は20年以上かけて登ることになりそうだ。 ここまで12年間で88座の百名山に登った。山を始めるのがあと5年早かったらなぁ。まぁいまさら言ってもどうにもならんが。
清里町まで来てもその石北線の列車に間に合うと思っていたんだが勘違いで乗り遅れてしまった。おかげで網走からオホーツクに乗る羽目になってしまい貧乏だった僕は大いにへこんだものだ。
そんなことを思い出しながら車窓を眺める。
列車は知床斜里を越える。すると・・・
オホーツク海だ。
そして列車は定刻よりも遅れて網走に到着。時間がないので駅のスタンプはなし。僕が先に乗り継ぐ遠軽行きの列車に乗り込みボックス席を確保した。
いい感じだ。この天気といい今日はダイヤモンドダストも見れそうだ。
しかし駅を出発してわずか数分。下のチビがぐずり始めた。「寒い」「なんで行かなきゃいけないの?」
なんで行かなきゃいけないのっていうけどこれが今回の一番の目玉のイベントだ。つーかこれを見せたいがためにチビどもを連れてきているのである。今はぐずってるけどシカの姿を見たらテンションが上がるに違いない。なだめながら連れていくも遅々として進まない。
「ありゃ!?どこ行った???」
橋の上でザックの中身をひっくり返しカイロを探すも見当たらない。くそぉ~ホテルに忘れてきちゃったか???
下のチビは「寒い」「痛い」と泣くし上のチビまで「確かに顔が痛い」と言い出した。上のチビまでが言い始めるとなるとホントにそうなんだろう。「う~む、これは無理かもしれん」
7時22分発のの釧路行きという列車がある。これでいったんホテルに戻れば朝飯も食えるし網走行きの快速しれとこにも始発で乗れる。しかしもう時間がない。ひとまず橋の上でひっくり返した荷物をまとめようとあたふたしてると「駅まで送りましょうか?」と声を掛けられた。見れば年のころ60代と思われる女性が立っていた。この方、駅からこちらに歩いてくる途中、後ろから車で追い抜いていかれた方だった。
泣きべその下のチビに「頑張って歩けるか?」と聞くと「歩けん」とマッハで回答。親としてこんな状況を作ってしまったことに対し情けないやら恥ずかしいやら申し訳ないやらで心の底から「すんません」という気持ちでお願いした。
荷物をまとめてる間に釧路行きの列車は通過していった。しかしもうそんなこと言ってる場合じゃなかった。
駅まで車だと2,3分。「湿原でシカの群れとかを見せてやりたくて。以前上の子を連れて行ったので今回も行けると思ったのですが見通しが甘かったです。」と言い訳していると「20℃までいくと小さい子には厳しいかもしれないね」と仰られた。正直言って見通しが甘かった。昨日も一昨日も雪の中をチビどもは雪に埋もれて雪まみれで遊びまわっていたのでまさかこんなことになるとは思ってもみなかった。しかしここは気温のレベルが比羅夫や札幌とは全く違ったようだ。氷点下20℃の破壊力がここまで凄まじいとは・・・。顔はまだいいとして足元の対策は考えていなかった。僕は登山靴に中圧の靴下なのでまったく地面からの冷気は感じなかったんだが薄っぺらいゴム長のチビどもにこそ厚手の靴下を履かせてくるべきだった。
車内で少しお話をした。「どちらから?」と聞かれたので「兵庫です」と答えた。すると「兵庫のどちら?」と聞かれたので「川西というところです」と答えると「あぁ川西ですか」と仰られる。「ご存知ですか?」と聞くと「私は西宮の出身です。」と仰られてびっくり。ここで兵庫出身の方とお会いするとはなんという偶然。
駅に到着しチビどもや荷物をを降ろしていると「私、ここでユースホステルやってるんです。」と仰られた。おぉ~マジか!!!昔泊まったことがある。その時は、そのユースホステルからコッタロ湿原を突き抜けて鶴居村の民宿まで歩いた。翌朝、音羽橋で鶴を撮影しその後は鶴見台に立ちよりそして釧路湿原をぶち抜いて新富士の駅まで歩いた。コッタロとか釧路とかの湿原をぐるっと一周したような感じだったんだけど最後は時間が無くなって釧路川のほとりを新富士の駅まで大汗をかきながら走った思い出がある。
そのことをお話ししたんだけど当たり前だけど憶えてはおられなかった模様。「鶴居まで歩きます」と言った時に「遠いですよ。どれくらいの時間で予定していますか?」と聞かれ「途中で写真を撮ったりするので7,8時間ですかね。登山で足腰は鍛えてるので頑張ります」というような会話をしたのでもしかして憶えてるかなと思ったんだが。まぁ当然だわな。もう10年も前の話だ。今は冬季はユースは閉めておられるそうだ。今回の旅でもここのユースに泊まるかどうかも検討していたんだが結果的に釧路のスーパーホテルに泊まることになってたな。
ちなみにここのユースから新富士の駅まで歩いたときは鶴見の民宿のご主人にも面白がられた。宿泊の予約の際に僕が車でないことがわかると「正月はバスは休みだよ」と言われ「はい。なので塘路のユースから歩いていきます。翌日は新富士の駅まで歩きます。」と言うと「たまにいるんだよな~、そういうやつ。」って笑われた。当日は宿の常連の人がホントに僕が歩いてるのか車で様子を見に来て「ホントに歩いてる!!!」ってびっくりしたらしい。ちなみにこのことを書いていたら日暮れが迫ったころ腹が減って行動食のパワーバーを食べようとしたら石ころみたいにカチコチになってて歯が折れそうになったことを思い出した。
丁重にお礼を言ってお別れするとチビどもはそそくさと駅舎に入ってストーブの前に張り付く。「外で雪で遊ぼう。」と言っても「いい。寒すぎる。」といって出てこない。昨日も一昨日もあれほどキャーキャー言いながら雪で遊びまくってたのにこの変わりようはなんだ!!!改めて氷点下20度の破壊力を思い知った。しかしここでこんなことになるとは思わなかった。今回の旅で最大の目的地である。正直何とも言えないやるせなさに包まれる。ここで野生のエゾジカやタンチョウ、エゾリス、キタキツネをまじかで見せるために大枚はたいてやってきたのに・・・。これが無かったらわざわざ釧路まで来る必要もないわけで・・・。函館・小樽・札幌をべたべたな観光客として周ってりゃよかったわけで・・・。これじゃただの乗り鉄の旅なわけで・・・。
なんとかここに来た意味を見出そうと一人駅舎を出る。まずはダイヤモンドダストだ。今日の条件ならば湿原じゃなくても見れるはずだ。すると・・・「おぉ~!!!」
出たぞ、ダイヤモンドダストだ!!!場所は駅の出たとこ。出入り口から徒歩1秒。太陽の日に照らされてキラキラしている。ちょっと弱々しいので写真には写らんがダイヤモンドダストである。チビどもに「お~い、ダイヤモンドダストだぞ!!!」というも「いい。写真に撮っといて。」という。バカな事を言うなと出入り口まで呼んでみさせる。すると「おぉ~」
思ったほどのリアクションではないが反応はあった。つーかダイヤモンドダストだぞ。兵庫じゃ見れないんだぞ。もっとありがたがれ!!!
チビどもは再び駅のストーブの前へ。僕は周囲でシカがいないか探す。
その後ラッセルをしながら駅横にある展望台に登る。すると・・・
おぉ~おったぞ!!!はるか遠くに茶色い点々が見えた。双眼鏡で確認するとやはりシカ。ホントは目の前で見せるはずだったんだが今回のところはこれしかできん。駅に戻って「シカがおるぞ!」というもはやり「写真撮っといて」というのでなだめて盛り上げて何とか駅の外へと連れだした。下のチビは「足が痛い」というの展望台まで担いでいった。「見えるか?」と聞くと「あー見える見える。」う~む、もっと驚いてくれ。僕が思ったようには驚いてはくれない。つーか遠いもんな。現場に行けばあっちにもこっちにもシカ・シカ・シカ。しかもめっちゃ近い。う~む、不発だ。金と時間かけてここまで来たんだが不発だ。あーもう目の前にタンチョウヅルの1羽でも飛んできてくれねーかな。
ちなみに去年はこんな感じだった↓
この時の様子はこちら→http://ponpoko3.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%802016%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE15
http://ponpoko3.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%802016%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE14
そうこうしてるうちに時刻は9時半を回った。網走行き快速しれとこの時刻が迫る。
駅に戻って荷物をまとめてると釧路行きの列車が到着した。あわてて荷物を担いでホームに出ると快速しれとこは途中でシカをはねて遅れているとの情報が。つーかそこでシカピッピかよ~。でもはねられるとこをチビどもに見せるわけにはいかんな。
時刻は6時00分。駅員氏に「網走行き乗ります!!!」とアピールし2番線へと急ぐ。そして滑り込みセーフ。いや~スーパーホテルにしといてよかった。ほかのホテルだったら完全にアウトだった。そして列車は発車。行先はそう、毎年恒例の塘路。そこからコッタロ湿原に向かうのだ。今回の旅の最大の目的、一番の目玉イベントだ。僕は毎年来てるんだがチビどもにも湿原の壮大さや間近でみるエゾジカの群れ、そしてダイヤモンドダストも見せてやりたい。これらはここじゃないと体験できんことである。去年は気温が高くて(それでも氷点下10度以下)ダイヤモンドダストは見れなかったけど今年はどうだろう?ちなみに上のチビは2回目だけどその時は年中さんだったので湿原の入口くらいしか行けなかったから今回は二本松橋くらいまで行きたい。
遠矢を過ぎ列車は湿原へと入って行く。ここからはシカが線路にたむろしてるために列車が警笛を鳴らしながら速度を落とすこと(僕は勝手にシカぴっぴと名付けた)が頻繁に起こるエリアである。これも北海道でしか体験できない。運転士氏的には厄介な事だろうけどチビどもは喜びそうなのでこれも見せたい。ちなみに5年前は期待通りにシカピッピをやってもらい、しかも運転士氏がいい人で「ほら、あそこにもシカがいるよ」とか教えてくれたりもした。
しかし・・・今年はシカ君たちは線路上に出てはこなかった。まぁ運行上はこれでいいんだがちょっと残念。というわけで定刻の6時34分に塘路に到着した。
大気はキンキンに冷えきっている。濛々と排気を噴き上げて列車は網走に向け走って行った。
本来ならここは「室蘭」が入るはずである。調べてみると志文というのは室蘭線の駅。岩見沢の次の駅である。「なんで線名でなく駅名が入っているのだ???」しかしただの間違えとも思えない。伊丹の窓口氏が北海道の「志文」という小駅を知っているとも思えなかったからだ。そこで僕は新宿駅(この時は三ツ峠からの帰りで中央線に乗っていた。)の窓口氏にこの画像を見せ「こうなってるんすけどこれどういう意味ですか???」と聞いてみた。すると「岩見沢から志文経由で追分行きということですね。」と教えてくれた。室蘭線で追分だと岩見沢から入るのか苫小牧側の沼ノ端から入るのかわからんかららしい。「へぇ~」と思いながらも「別にそんなことしなくても経由を見ればわかるだろ。この乗車券ならそもそも一度通った白石で無効になるから千歳線の沼ノ端経由とか絶対無理だし。」とか思っていた。しかし今、頭を柔らかくしてなぜこんなルールがあるのか考えてみると「あーそういうことね」と理解もできる。例えば奥羽線から五能線に入り鯵ヶ沢まで行く場合。この場合は入口が奥羽線の東能代か川部なのかがわからない。この場合だとどちらも「奥羽ー五能」となる。しかし奥羽線から五能線に入る乗車券にいちいちこんなことが書いてあるんだろうか???近距離キップなら「〇〇〇円区間」の表示だから関係ないか。でもマルスで発券された乗車券ならどうなるんだろう???あれは近距離でも経由が入ったはず・・・。鉄ちゃんには悩みが尽きない・・・。
この問題は東海道線からの御殿場線や山陽線からの赤穂線や呉線、岩徳線なんかでもありうる。もっと壮大な話をすれば東海道線・中央線間でも起こりうる。大宮から塩尻に行く場合東京から入るか名古屋から入るか。あ、でも中央線の場合は中央西線と中央東線に分けて印字するからその心配はないか。
話が大きく脱線してしまったが元に戻す。
構内のセブンイレブンで明日の朝食と昼食、おやつも調達。けっこう値段が張るなぁ。豆地蔵が恋しいわ。
駅舎を出る。雪の量は・・・去年より多いな。去年は全然なかったから。
チェックインしてお部屋に向かう。今宵のお部屋もロフト付きだ。昨日は下のチビがロフトで寝たので今日は上のチビの番だ。男の大浴場は21時からだったのでまずは飯。その後、洗濯しながらパーティーもどきを行う。紅白を見ながらだ。小樽で作ったグラスは後片付けが面倒なので出すのをやめた。
その後乾燥機に洗濯物を移し30分回すもぜーんぜん乾いていない。二日分の洗濯ものだ。ちょっと入れすぎたのかもしれん。結局60分ほど乾燥させた。
その後3人で大浴場に向かう。いいねえ広い風呂。部屋に戻ってうだうだしながら子供らを寝かす。2016年も終わりだ。今年は・・・いい年だったのかねぇ。よくわからん。東京生活も3年目に突入した。会社の方は相変わらずブラックだが仕事の方は少しまともになったかな・・・。結局翌日の準備をしているうちに年が明けた。明日は5時起きである。睡眠時間は4時間ちょっとか。眠たい元日の朝になりそうだ。
スーパーおおぞらとご対面。下のチビはスーパーおおぞらが大好きだ。
14時16分、列車は釧路に向けて出発した。昼間の特急で釧路に向かうのは久々だ。5年前に上のチビと北海道を旅して以来だな。あの時は大阪からトワイライトエクスプレスで南千歳まで来てそこからスーパーおおぞらに乗り換えた。その時のブログ→ http://ponpokosmile.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%80%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%91%EF%BC%92%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE7
http://ponpokosmile.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%80%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%91%EF%BC%92%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE8
車内でチビどもは全然車窓に興味を示さない。もぉ~なんなんだ。僕が小さいころは・・・いや今でもそうなんだが列車に乗れば窓にかじりついて外の景色を見たもんだ。しかしこのチビどもはさっそくiPadでウルトラマンの動画だ。暇つぶしにはいいのかもしれんがこれじゃちょっとねぇ・・・。
やっぱそうなるよな。これから何回この説明をしなきゃならんのか。これもマニアックなキップの買い方をしてしまった定めとして受け入れるしかない・・・。車掌氏に事の次第を説明すると「あ~なるほど」と納得してくれた。「わかりにくくてすんません」というと「いえとんでもないです」と恐縮していた。
列車は千歳線を離れ石勝線へと入る。そして乗車券の行先きである追分を通過。明後日の夕方、73時間後に再びここへと戻ってくる。岩見沢からの室蘭線経由で。その時にこの乗車券は効力を失うのだ。
ちなみに滝ノ上と言えば滝ノ下信号場。いつかここで上下の列車交換をしているスーパーおおぞらの写真を撮りたいと思ってるんだけどなかなかチャンスがない。
スーパーとかちが駆け抜けていった。
再び列車は釧路に向け走り出した。南千歳の次は新得まで停まらない。
時刻は16時。だいぶ暗くなってきた。
今回の旅を考えた時、初めは年末年始の指定席の事前予約のころには復旧しているだろうと思っていた。しかし被害の方が思いのほか甚大だったよう間に合わなかった。もし復旧しても予約が殺到して指定席が確保できないんじゃないかと危惧していた。結局ギリギリになって無事復旧。指定席も発表のあったその日のうちに駅に走り無事確保できた。
しかしさすがに特急だ。とにかく早い早い。ここまで来るのもあっという間。何しろ札幌から釧路までたったの4時間半足らず。2429Dの旅ならやっとこさ帯広の到着しようかというところである。
帯広で多くの乗客が下車し車内は閑散とした。そこで座席を向かい合わせにしてボックス席を作る。車掌さんも通るけどこの状況なんで黙認してくれる。座席を広々使いのびのび過ごす。ちなみに上のチビは下のチビとけんかしてふて寝している。
南小樽でラッセル車を発見。前来た時にもいたから昼間はここで待機してるのかもしれん。
小樽築港を越え列車は日本海に出る。冬の日本海、いい眺めだ。毎回張碓駅を探すけど今回もどこなのかよくわからんかった。しばらくすると海に何かの大群が浮かんでいる。「アザラシか???」と目を凝らすとサーフィンの人が大挙して浮かんでいた。「おぉ~!!!」と思ったけどそういや前もこの光景を見たことを思い出した。しかしまぁ雪降る中よくやるわ。
列車は札幌の郊外に突入。風景がだんだん街へと変わっていく。そして13時02分、札幌に到着。
改札を通ろうとすると駅員氏に止められる。「すみません、途中下車になりますので210円いただきます。」
さっそく来たか。つーか経由とかいちいち見てられんよな。南千歳からの乗り越し運賃を言われるのかと思ったら白石からの運賃を言われた。川西池田がどこなのかもこの辺りの駅員氏は知らんだろうしな。「長万部から小樽周りの経由です。」と説明して改札を通る。大体こんな変なひと筆書きルートの乗車券を持ったやつもあんまりおらんだろうしな。ここから先ではこういう説明を何回もせにゃならんだろう。とりあえず釧路の改札を出る時も止められそうだ。
駅のスタンプを押し、その後チビどもに「札幌にも東京タワーみたいなのがあるけど登ってみるか?」と聞くも「いい」と言う。札幌に来たらどこへ行くべきか???「昔の道庁に行ってみるか?」「北大に行ってみるか 」と聞くも「いい」と言う。どちらもチビには何の興味もないようだ。僕的には北大のポプラ並木やイチョウ並木を見てみたかったんだが・・・。
しかし札幌で下車してどこにも行かないというのはあり得ない。テレビ塔には興味がないと言いながらもとりあえず札幌のシンボルでもあるのでとりあえず大通公園に行くことにした。しかし上のチビは「別に街には興味がない」といい「下のチビは疲れた。歩きたくない。」という。そんな二人を何とかなだめ大通公園を目指す。地下道でつながっているのでそのまま歩いていこうとすると下のチビが「もう無理。」とゴネはじめる。仕方ないので地下鉄で行くことにする。しかしチビどもには「地下鉄で行くより歩いていった方が早い」と説明していたので上のチビが「地下鉄乗るのめんどくさい。歩く方がいい。」という。
どうにもこうにもならんので上のチビをなだめて地下鉄の改札をくぐる。正直荷物も大きいうえに手持ちで紙袋を持っているので混み合う地下鉄には乗りたくないんだが一駅なので我慢して乗った。ちなみに南北線は昼間は7分間隔で運転されている。JRのローカル線の1時間待ちとかは全然苦にならんのだが地下鉄の7分というのは異様に長く感じる。何だろねこれ。たまに使う大江戸線とかでも「来ねぇなぁ~」とか思ってしまうし。
で、大通公園へ。「どうだ、これが札幌のど中心だぞ!!!」と説明しようかと思ったら公園全体が雪遊びパラダイスと化してた。さっきまでめんどくさいオーラ全開だったチビどものスイッチが一瞬にして入りきゃっきゃと雪遊びを始める。しかしまぁ大通公園がこんなことになってたのね。
なんかすげーな。ここ大通公園ですよ。
時刻は13時50分。そろそろ戻らないと14時16分発のスーパーおおぞらに間に合わん。遊びまわるチビどもに集合をかけ再び地下鉄のホームへ。札幌駅へと舞い戻って行った。
そして駅舎を出る。とりあえず小樽に来たら絶対に外せないあそこへと向かう。
チビどもは雪遊びをしながら歩くのでなかなか進まない。次の行程もあるのでケツをたたきながら歩くこと数分。
持参していたビデオで動画を撮りながら運河を歩く。最後に観光客が写真を撮るお約束のところで親子3人で写真を撮ってもらった。周りは中国だか韓国だかの外国人ばかりで言葉もわからんのだがとりあえずゼスチャーでお願いしたら快く撮ってくれた。
そして小樽で下車した本当の目的地へと向かう。運河を離れ国道5号方面へと進む。国道まで来たら南小樽方面へと向かう。この間もチビどもは雪遊び。つららを見つけてはぱきぽき折って手に持って振り回す。でかいのを見つけるたびに歓声を上げる。こいつらには運河とかそういうんじゃなくて単純に雪とかつららがあればそれでいいと思われる。そして・・・
店の中は僕らだけだったので貸し切り状態。誰にも遠慮することなくのびのび過ごせる。僕は下のチビのサポートに着き体験開始。上のチビのサポートもしながら下準備完了。まずは上のチビがサンドブラスターで模様付け。続いて下のチビも。緊張しながらも立派に加工をし終わった。チビ達のグラスを見ていたら僕も記念にグラスが欲しくなってついつい買ってしまった。今夜はみんなでこのグラスでパーティーだと言いながら店を出た。
店をでてまたまた雪遊びをしながら駅の方向へと戻る。電車に乗る前に駅前の長崎屋で食料の調達。チビどもはパンを食べたいというのでまずはパン屋へ。その後食料品売り場に行き昼食と夕食を購入。今年最後の夜を彩るオードブルも買った。荷物はめっちゃ増えたけどこの先食料品を買うとなるとコンビニしかないので仕方がない。
12月31日。大晦日の朝である。昨夜は3時半のラッセル車を撮影。5時48分の回送列車は爆睡してて撮れなかった。これはおそらく蘭越発6時16分のニセコライナーになる列車であるであると思われる。
そのあとやってきた倶知安始発の長万部行きの一番列車。北海道とはいえあたりはまだ暗い。6時31分発であるが2分ほど遅れての到着。
チビどもがまだ寝ている中、列車は長万部へと出発していった。
お次は6時47分発のニセコライナー。15分変わるとだいぶ明るくなってくる。
到着。
以前来た時にはこの列車で札幌へと向かった。旭山動物園へと向かうべくこの列車に乗ったんだが札幌着は9時01分。9時発のスーパーカムイに何とか乗れないかとチャレンジしたんだがやっぱり駄目だった。
上下2本の一番列車を撮影してから自分の準備を済ませチビどもを起こす。上のチビはすっと起きたが下のチビがなかなか起きない。ケツをたたいて追い出しを掛けやっとの思いで出発する。すでに時刻は7時35分すぎ。列車は7時40分にやってくる。
駅舎の方におられるであろうご主人に挨拶をするつもりだったんだが駅に着くと同時に踏切が鳴りはじめ結局挨拶出来ずじまいで列車に乗り込むこととなってしまった。なんか無礼な感じで気まずい・・・。
4人掛けの座席を確保する。上着を脱ぎ荷物を棚に上げるとホッとしたところで列車は倶知安に到着。
向かい側には小樽からの一番列車のキハ40が停車中。
下のチビがパチリ。蘭越行きの列車を見送った。
倶知安では16分間停車する。この時間を使って駅のスタンプを押しに行く。ちなみに上のチビは車内に残るというので下のチビと2人で向かう。
改札を抜け駅のスタンプを押したら外に出てみる。なんかよさげな駅名表とかあったんでとりあえずパチリ。
この倶知安駅。新幹線が開通してもここに駅ができることは決定している。その時にも函館線は残るのだろうか???江差線は容赦なくJRから切り捨てられた。ただしあちらは貨物列車の関係で3セクとして線路は生き残った。しかしこちらはどうだろう。貨物列車は走っていない。利用者は少ないし冬場の除雪や施設の維持費を考えると相当厳しいと思われる。考えたくないけど、未来は明るくない・・・。
その後は函館線の山線らしい景観を眺めながら小樽を目指す。
小沢。この辺は特に雪も多い。
銀山。
山線らしい景色。
こういうのを見ると山線だなぁと思う。
今年はとうとう新幹線が北海道の大地まで侵食してきた。気動車に揺られこういう景色をボーっと眺めながら行く旅はいずれ過去のものとなってしまうのだろうか。
8時38分、然別に到着。列車行き違いのため5分停車。チビどもがホームに降りて雪遊び。
そろそろ対向列車が入ってこようかという時に上のチビがいないことに気付く。おいおいマジか!?何回か大声で呼ぶと離れたところから返事が聞こえた。いや~マジで焦った。こんなところで置いてけぼりとか迷子とかほんと心臓に悪いわ。
上のチビを車内に戻すと対向列車がやってきた。小樽発8時07分発の倶知安行きである。
キハ150+キハ40という組み合わせが多い。僕的にはキハ40の2連希望なんだけど。
そして列車は小樽を目指す。
9時11分、塩谷に到着。ここまで来たら山線の旅も終わったなぁ~と感じる。
9時21分、終着の小樽に到着。
721系を眺めながら改札へと向かう。今回は小樽で途中下車。これから一人旅では絶対行かない、観光らしい観光を行うのだ。
外を見ると真っ暗闇なんだがとにかく寒そう。しかしここも含め北海道の建物というのは部屋全体が暖房で暖められていてめちゃくちゃ快適だ。
ところでふと気づく。「そういや3時半にラッセル車が通るな。」
3時28分、ラッセル車の通過である。手前が明るくなってるのはラッセルにセンサーが反応してライトが点灯しているからである。
こんなど深夜にご苦労様です!!!
思いがけず深夜のラッセル車を撮影することができた。
フラッシュをたいてみた。
欲張ってビデオを三脚で立ててたんだけどその存在を忘れていた。
一度小屋に戻る。お次は一時間後、18時06分の小樽行きである。
本州ではキハ40の淘汰が進んでいる。JR東海ではすべて消え去った。今走っているところでも新旧の入れ替わりが進んでいるところも多い。北海道でも札沼線が電化されて用なしになってしまった。大好きな車両だけど確実に終焉の日が近づいているのを感じる。
お次は間髪置かずに18時23分の長万部行きがやってくる。小屋に戻って部屋から撮ろう。
列車まで少し時間があるので他ごとをやってたところ・・・
どひゃ~!!!いつもの凡ミスである。踏切が鳴ってからでいいやと思っていたんだがよく考えたらこの列車は長万部行き。踏切は駅の長万部側にあるので長万部行きの列車が動き出すくらいのタイミングで踏切が鳴る。なのでその時には上のアングルで写真を撮るのは不可能なのである。というわけで慌ててカメラを構えるもすでに列車は駅を出発した後。目の前を走り抜ける姿をとることしかできなかった。次にあのアングルで撮ろうと思えば21時13分の長万部行き最終だ。やっちまったなぁ~。
次に通過するのは20時30分ごろ通過するラッセル車。これは以前泊まった時には動画で撮影した。今回は部屋から動画と写真を撮ろうと思う。チビどもに夕飯を食わせ風呂に入る。以前泊まった時はホームにある丸太を切り抜いたお風呂だったけど今回は小屋の中にある普通のお風呂である。でもこちらはこちらで便利でよい。もう一人の宿泊者の方が来るまでに入浴を済ませ部屋に入って将棋をしたりウルトラマンの動画を見たりして過ごす。
動画はチビに任せて写真を撮る。やっぱりぶれるなぁ。これなら開き直って思いっきりシャッタースピードを落として流せばよかった。
21時13分、最終の長万部行きが発車。スキー場の明かりが消えたので前のアングルへのこだわりは無くなった。
そして最後。21時30分発の小樽行き最終列車。外は大雪。これで今日の列車は最後だ。
しんしんと降りしきる雪の中、最終列車は小樽へ向け出発していった。
木の質感が最高の雰囲気のある内装。中にはなんと滑り台があり、テンションの振りきれた下のチビがなぜかズボンを脱ぎ捨て滑り台をキャーキャー言いながら滑り降りる。とりあえずお前、ズボンはけ・・・。
台帳を書きながら説明を聞く。今日は僕ら以外にはお一人様がいるだけ。そのお一人様も到着が20時半とからしくそれまでは僕らの貸し切りだ。
部屋を出たところからの眺め。目の前を線路が横切る。
下から見上げる。なかなかの迫力。
居間部分には子供用のおもちゃもあって子連れで泊まるにはもってこいの造りとなっている。お風呂も完備してあってホームにあるお風呂まで行かなくても大丈夫。外に出なくてもこの中だけでチビどもは遊べてしまう。実際大はしゃぎで滑り台や室内を走り回っているのだがせっかくここまで来て外で遊ばないわけにはいかない・・・つーかチビどもは外で遊ぶのを忘れるくらい室内ではしゃぎまくっていた。
しばらくチビどもと遊んで寒くなってきたので中に入り濡れたものを乾かしたりしてその後一人でまた外に出た。
こう写る。
駅に戻りチビどもはスタンプを押す。そして僕らは13時16分発の倶知安行きに乗り込む。
列車に乗り込むと車内は6割がたの混み具合。4人掛けのボックス席で丸々余っているところはなくとりあえずチビどもは4人掛けの隣り合わせに座らせ僕は通路の向かい側の2人で向かい合う席を確保。そして下のチビを連れ外に出る。
そして列車はあの駅に到着した。あの駅とはそう、
蕨岱である。
熱郛で行き違い。
後ろはキハ40.
尻別川沿いに走る。
列車が発車すると次の駅は大沼公園とのアナウンスが。函館から大沼公園までこんなに近かったっけ?と思うもよく考えたらここは函館ではなく元の渡島大野こと新函館北斗であった。しかし調べてみると函館からでも大沼公園まで特急で30分ほど、普通列車でも40分ほどであった。意外と近かったんだなぁ。走ること9分。あっという間に大沼公園に到着。こんだけ近けりゃ新幹線効果が期待できるな。でも将来新幹線が全通した時に並行在来線として切り捨てられる危険はないんだろうか???って思ったけどよく考えたら貨物列車を走らせねばならんのでここが廃止されることはないだろう。最悪3セクで生き残るであろう。
前方に駒ケ岳の雄姿が見えた。
あれは大学3年のちょうどこの時期だったかな。ふと顔あげたらあんなのが見えたからほんとびっくりした。ここを通過するのは快速ミッドナイトだったりはまなすに乗るために函館に向かう途中だったり基本的に夜だったのでこんなところがあるとは知らなかった。
間違いなくこの列車に関してはあっち側の席をとるのが正解だった。予約の時にはそこまで考えが及ばなかったわ。
北海道にはもう23年通ってるけど木々がこんなに倒れてるのは一昨年の根室を見て以来。それまでこんな光景は1度も見たことがなかった。
すると間もなく反対側には臨時の北斗が入線。おぉ~!!!お顔のカラーが新しくなってる。
5時15分起きという風にしてたんだが下のチビがなかなか起きない。家を出たのは5時48分。急がねば・・・と思い駅向かって歩いているとなんとゆりかもめが到着。「えぇ~!?」
時刻は5時51分。この時間帯に5分後に次のがくるんか???自分が時刻を間違えてたのかと大いに焦る。次の便だと東京駅に着くのがギリギリだったはず。まぁ自分一人ならいいんだが荷物満載で下のチビを連れて混雑している東京駅を走らねばならん。う~む、厳しい・・・。
改札を抜けホームに上がる。「新橋からタクシー乗るほうがいいのかな?」とか思いながら時刻表を見るとなんと5時56分の便は確かに存在した。おぉえらいぞゆりかもめ!!!土休日ダイヤなら山手線だって運が悪けりゃこの時間帯は10分近く開いたりする。
新橋で山手線に乗り換え東京駅へ。
隣に停まってるE7系もパチリ。
列車は定刻に発車。しかし気になったのがデッキに乗り込んでる人々。この列車は全席指定なので乗れないはず。あの人たちは勝手に乗り込んできていると思っていたんだが調べてみると立席特急券で乗れるらしい。へぇ~知らんかった。だったらムーンライトながらとかでも乗れるんだろうか???まぁあれは快速なんで特急券はないんだがたまにデッキに立ってた人を見てたんで。つーか立席特急券とかってまだあったんだな。昔、広島に住んでた頃ブルトレに乗りたくて岩国ー広島間と防府ー広島間を立席特急券であさかぜに乗ったことがある。それっきり立席特急券なんてお世話になったことがなかったので今でも存在してることに「へぇ~」となった。東京を出るとすぐに地下に入り上野に到着。そして再び地上に出る。そして東京なんだか埼玉なんだかよくわからんところでふと窓の外を眺めると・・・「おぉぉぉ~!!!」
大宮を越えてもしばらく見えた。う~む、お見事!!!
建物が増えてきたなと思ったら
元「津軽今別」。なんで今別がひらがなになったんだろうね?しかしほとんどの列車が通過だったこの駅に新幹線を停めるとはね。政治的なことなのか運行上のことなのか。よくわからん。
昔はこうでした→
http://ponpoko.blog.shinobi.jp/http---ponpoko.blog.shinobi.jp-_5/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%802014%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE54_138
ちなみに青函トンネルを出たところには知内駅という知る人ぞ知る駅があった。そこを訪れた時の話→
http://ponpoko.blog.shinobi.jp/http---ponpoko.blog.shinobi.jp-_5/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%202014%20%E5%85%B6%E3%81%AE55
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というわけで北海道に上陸した。
朝九時に会社に行き9時20分に会社を出た。そして田町から電車に乗る。品川で下車し東海道線に乗り換え。その時間を使って嫁の実家用のお土産を買う。とりあえず東京ばな奈のキャラメル味にしたんだがレジで会計するまでの行列が長い長い・・・。乗り換える電車は9時48分発の熱海行きなんだが会計が終わったのが発車3分前。急いで東海道線のホームに降りるもなんか閑散としている。電光掲示板を見ると次の列車は9時51分発の小田原行きとなっている。「ん???」とパニックになりながら時計を見るとまだ9時48分になっていない。「なにこれ???」と思い状況を把握するととんでもない勘違いをしていたことが判明した。僕的には気分はすでに正月休みだったため勝手に今日から休日ダイヤだと思っていたんだがJR的には平日ダイヤ。12月30日からからが休日ダイヤであった。つーかいきなりドジをかましてしまい電車に乗り遅れてしまった・・・。9時51分発の電車は小田原止まりなんで次の10時02分に乗らねばならんのだがなんか待つのがめんどくさいのでやってきた小田原行きに乗り込む。車内では寝たり本を読んだりしながらのんびり過ごす。そして小田原の一つ手前鴨宮で下車。小田原まで乗ってしまったら乗り継ぐ熱海行きで座れないかもという危惧からである。続いてやってきた熱海行きは座れなかったけど次の小田原で人が入れ替わるので座ることができた。そして列車は終点の熱海へ。
暫し走ると富士山の裾野がちょろっと見えた。列車は三島に到着。ここで多くの人が一斉に下車。新幹線に乗り換える人も多いのかな???
そして列車は西へと向かう。ただでさえ面白みのない東海道本線。さらにここは昔から恐れられている魔の静岡。何の変哲もない景色が延々と続く。由比あたりで海が見えるとちょっと気持ちも和むが後は何の変哲もない景色が続く。(静岡の人、すまん)
列車は浜松行きに向け発車。途中で県都静岡も通るんだが特に街の景色に見どころもなく通過。去年は悪沢岳・赤石岳の山行で下車したけど静岡の街というのは合併しまくって政令市にはなったけど本質的には地味な街である。(静岡の人、すまん)
なんと中に人が乗ってるではないか。「なんじゃこりゃ?またか???」
とりあえずボックス席の通路側を確保。そして時刻表をめくると「うぬぬ~」
この列車、島田始発であった。土休日ダイヤだったらこの列車は浜松止まりで改めて岐阜行きに乗り換えねばならんのだが今日は平日ダイヤ。入り口が休日ダイヤで時刻表を見ていたので頭がなかなか切り替わってない。凡ミスの極みである。
で、列車は岐阜を目指す。
浜名湖通過中
列車は豊橋に到着。ここで新快速に乗り換え。列車の到着が数分遅れてるらしく乗り換えまで時間が少ないとのアナウンスが流れる。というわけで新快速のホームへと走る。車両に飛び込むと間もなく発車。ここからはわりかしなじみのある区間だ。久々ではあるけど面白味はない・・・。
久々にお義母さんと会いお土産を渡し、子供を連れて東京へ向かうべく新幹線に乗り込む。指定席をとってる奴より2本早い16時49分ののぞみに乗車。うまいこと3人掛けの席を確保。下のチビは幼稚園なのでタダである。しかしまぁ新幹線の速いこと。これまで7時間かけてきた道のりを凄まじい勢いで早送りしているようなスピードで駆け抜ける。浜松も静岡もあっという間だ。というわけで18時23分、わずか1時間半余りで品川まで帰ってきた。その後は山手線で田町まで戻り12月29日が終わった。
しかし今年は去年とは何から何まで自分と違う。まずは一人旅ではなくお供がいる。上と下のチビを連れていくのだ。一応嫁にも声はかけたが「スキーじゃないなら行かない」という。岐阜の実家に帰るというのでお任せした。そして今回はぎりぎりまでJR北海道の動向が不透明だった。台風の大被害で根室線がずっと不通であったのだ。東鹿越ー新得間は今でも不通区間だが(この区間、JR北海道は廃止するつもりなので復旧させるつもりはないのかも)、新得ー御影間が不通。特急も札幌―トマム間の運行でそこから先は代行バスというどうにもこうにも困った状態になっていた。さすがに年末年始の書き入れ時にスーパーおおぞらを走らさないわけにはいかないだろうとたかをくくっていたんだが予想は外れ年末年始の事前予約の際にも復旧のアナウンスはなく、「マジでやばくねーか???」と心配になり札幌ー釧路間の高速バスを保険で予約しておいた。実際にはギリギリで復旧し、そっこー指定席を押さえてこの区間は当初の予定通りスーパーおおぞらで駆け抜けることとなった。ちなみに今回の日程なんだが僕の休みがなかなか決まらないので紆余曲折あったものの結局12月29日に子供を東京まで運んで来て翌29日から北海道への旅が始まり翌年3日に東京へと戻ってくるというものだ。今回は18きっぷも北海道&東日本パスも使わない。子連れなので普通に乗車券を買い新幹線と特急で突き進む。ただし少しでも安くしたいので乗車券は行けるとこまでひと筆書きにした。川西池田から室蘭線の追分まで。経路でいうと福知山ー東海道ー東海道新幹線ー東北新幹線ー北海道新幹線ー函館ー千歳ー石勝(ここで一度追分を通過)-根室ー釧網ー石北ー函館ー室蘭経由で再び追分へ。ここでひと筆書きが打ち切られてそこからは苫小牧まで乗車券を買い足した。
これがこの旅の切符。なんで乗変になっているのかはまた後の講釈で・・・
ちなみに帰りは苫小牧から大洗までフェリーだ。本来は2日の夜に帰ってくる予定だったんだがなんと元旦はフェリーが運休だったため1日行程を伸ばした。ということでここまでも随分と長くなったので続きは次回!!!
モンベルで用事を済ませた後はポポンデッタでレイアウトやってその後なんだかんだあって帰宅。年末はこれを着て親子3人で北海道に行く。嫁はついて来ない。例年通りのバラバラな家族だ。まぁ今回は久々に一人旅じゃない北海道だ。5年ほど前には上のチビと二人で北海道に行ったんだが下のチビと嫁抜きで旅をするのは初めてだ。単身赴任で子供と過ごす時間が少なくて寂しい毎日なんだがこの年末年始は楽しみである。
ここ横浜の中華街は神戸の南京町よりも規模が大きい。長崎の中華街へは行ったことがないけどあちらは南京町よりもさらに規模は小さいらしい。
どこの店にするとか全然調べていないが食べ歩きをする気はなく食べ放題の店をさがす。で、プラプラした後駅でチラシをとった食べ放題の店に入る。タッチパネルで注文するタイプのお店で待つことなく席につくことができた。席につくなりやれ北京ダックだアワビのなんとかだのふかひれのなんとかだのを注文する。うまいことはうまい。しかしミスター味っ子的なリアクションを起こすには至らない。ひとしきり食った後で「北京ダックとかはない安いコースでもよかったかな」とか思った。
腹いっぱいになり店を出る。中華街の中を探検し腹ごなしに山下公園へ。その後関内駅に向け歩く。途中横浜スタジアムの横を通る。ちょうどカープ戦をやっている。H野君が「見ていく?」とか聞くけどこれを見てたら夕方になってしまう。僕的にはこれから都内に戻り行かねばならないところがあるので今回は無し。しかし関西人のH君的にカープ対ベイスターズなんて見て面白いのか???はたまた僕に気を使ったのか???ちなみにチケット売り場の前まで来ると「本日すべて売り切れ」的な表示が出ていた。
関内駅に到着し根岸線で横浜駅へ。で、そっから東海道線で品川、さらに山手線で浜松町へ向かう。ここから増上寺へと向かうのだ。なんか知らんが嫁がここの勝ち運のお守りを買って来いという。家から増上寺まで散歩がてら歩いていける距離ではあるんだが平日は仕事に忙殺され完全に無理。来週帰省するので今日のうちに買うのだ。
お寺へ。いつも思うけどでかい寺である。
東京タワーのおひざ元である。
せっかくなんで参拝し、特徴的な黒の勝ち運のお守りを買いに行った。で、寺の中をぷらぷらしていると絵馬のぶら下げてあるとこに出る。すると「おぉぉぉ~!!!」
なんかKAT-TUNのファンらしき人達の絵馬ばっかりである。ちなみに嫁もここ最近何を思ったかいきなりKAT-TUNにはまりこちらは困惑している状況なのである。何じゃこりゃと思って見ているとどうやらここのお守りとの関係が見えてきた。かちうん→かつうん→かつーん→KAT-TUN・・・え?そういうこと???
どうやらまんまと嫁のKAT-TUN狂いの一環に巻き込まれたようだ。勝ち運のお守りを買って来いとか言うからパチンコとか競馬とかを始めるのかと少し心配してたんだが。つーか勝ち運お守りならここで無くてもいろいろあると思うんだがなんでここなんだろう???ちなみに関西なら箕面の勝尾寺だって勝ち運のお寺だ。
とりあえず僕個人の用事は済ませた。時刻は16時過ぎ。最後はH君が東京に来たら行きたいといっていた五反田のハンバーグ屋へ行こうとするも昼の中華の食い放題が全然消化できておらずまったく飯を食う気分にならない。それはH野君も同様らしく結局今回はハンバーグ屋はやめにしてH野君は予定より早く家に帰ることになった。
品川で見送って家へと帰る。いつも一人の週末なので久々に人と過ごす週末であった。今回はいろいろ行ったな~。まだまだ東京は行ってないところが多いと実感した2日間であった。ちなみに後から地図で見ると六本木も赤坂も家から近かった。まぁ同じ港区だからな。チャリで余裕で行ける距離だ。まぁ基本用事はないから行くことはないだろうけど・・・。
テレ朝をあとにし毛利庭園を歩く。報道ステーションではここでお天気をやってんだなと感慨に浸りながら移動。お次の目的地は赤坂だ。歩いていこうとしたけどめんどくさくなってちいバスでいくことにした。ただこのちいバス、どこを走ってるのかわからんが多分まっすぐ行かずにくねくねといろいろ立ち寄りながら赤坂に向かっていると思われる。途中、赤坂小学校と赤坂中学を発見。六本木中学に負けず劣らずすごいインパクトの学校である。想像以上に時間をかけてやっとこさ赤坂に到着。赤坂・・・初めて来たぞ。六本木よりもなんか繁華街的な感じがする。で、ここ赤坂ではTBSへと向かう。なんかテレビ局めぐりって感じである。
しばらく局の周辺で過ごし特にやりたいこともないので今度は新宿へと移動。去年もH野君とは新宿で飲んだのだが今年も飲みは新宿だ。別に新宿にしかない店ではなく礒丸水産に入る。ちなみに一度行ってみたかったお店である。海鮮をつつきながら会社のことやら子供のことなんかを話しながら飲む。いつもはビールばっかりなんだが一度飲んでみたかったホッピーを注文。人から中だの外だのといろいろ説明は聞いてはいたんだが自分で頼んでみてやっとこさ意味が分かった。単身赴任でいつも週末はひとりぼっちなんだが今日はいろいろ話をしてひとしきり飲んだ。そんで「んじゃ帰るか」となり山手線で家へと帰った。
テレ朝の横っちょのところでなんか催し物をやっているので覗いていくとなんとあのちょい悪のジローラモさんがステージでなんかポルシェの誰かとトークショーをやっていた。う~む、ポルシェ。乗ってみたいけど僕には一生縁がないだろう。
なんかよくわからんがでかい建物があるので中に入ってみる。いろんなお店が入っていて人も多い。なんか「とりあえず六本木だ」ということでなんとなく六本木な気分になる。で、その建物を抜けると「ん???ここはどこだ???」 目指す六本木ヒルズの姿がどこにも見えない。「あれ~?」と思いながらうろうろしているとそこはすでに六本木ヒルズであった。近すぎて気づかんかった・・・。あとから地図を見たら歩いてきた建物が六本木ヒルズけやき坂コンプレックスというところらしくすでにそこから六本木ヒルズが始まっていたようだった。僕的には六本木ヒルズっていうでかい建物がぽつんとあるだけだと思っていた。それは六本木ヒルズの森タワーってやつだったんだけどそんなことは全然知らず完全にお上りさん状態であった。
今回は東京に到着したのが14時前。ぷらっとこだまで来るとこの時間になってしまうらしい。
東京駅で合流し有楽町まで歩き地下鉄で月島へ。月島・・・そう、あのもんじゃ焼きの聖地である。東京に来て2年がたつけど月島には初めてやってきた。そして14時過ぎからの遅めの昼飯である。
そのもんじゃを久々に食べるのだ。2種類頼んで最初の1つがやってきた。「作り方わかりますか?」と聞かれ素直に「わかりません」と答える。というわけで1つ目はお店の人に作ってもらった。2つ目は自分で作れというので必死に作り方を覚える。久々に食べるもんじゃやき。う~む、普通にうまい。H野君と会社の話なんかをしながらもんじゃをつつく。そして1つ目を完食。ここでの感想は「う~む、1つでよかったかもしれん・・・」 けっこうボリュームがあってすでにお腹はいい感じに満腹だ。しかし間もなく2つ目が運ばれてきた。気を取り直して2つ目を焼き始める。焼くのはH野君である。しかし店の人に「具材の入った入れ物を傾けるな」と言われていたのにH野君は豪快に傾けてしまい具材の下にある出汁が「ざざ~っ!!!」っとぶちまけられる。土手ができてないのに鉄板の上でジュージューと湯気をあげる出汁。見かねて店の人がやってきて結局2つ目も店の人に焼いてもらった。で、なんだかんだで2つ目も平らげ大満足で店を出た。
ホームに降りると「おわっ!!!」
ホームには大勢の人々が。青森からの8時49じ分着の列車よりも早く待ってりゃ余裕で座れると思っていたんだがこりゃ無理だ。どうやら8時21分着の列車で到着した人達や8時57分発の列車で旅する貧乏旅行者が集結していた模様。
途中の駅で若干降りる人はいたものの基本的には大きな荷物を持った人たちばかりである。普通の人なら八戸から新幹線だろ。で、この列車に乗ってるということは関東方面に戻る貧乏旅行者の可能性が非常に高い。下手こいたら大宮や上野までず~っと一緒かもしれん。そんな人たちばかり乗った列車なので座れない。北海道に行く時はまだ気持ちも盛り上がるけど今日は完全に消化試合である。どこにも寄らない。ただ東京に戻るだけである。
車内ではケータイで箱根駅伝とか見ながら過ごす。
早池峰山だ。早池峰山に違いない!!!(多分)
来るときは岩手山で帰りは早池峰山か。う~む、いい旅だった。
10時51分、盛岡に到着。もうめんどくさいので席取りゲームには参加しない。のんびり歩いてJR側の改札を通る。つーかもう少しなんとかならんもんかね、盛岡でのIGRとJRの乗り換え。IGRのホームからはJRの花輪線の列車も発車するんだから連絡用の改札とか作れないのかね???常時駅員を配置するのは人件費等の問題もあるかもしれんが18きっぷや北東パスのシーズン、それも列車が到着する時間限定でもいいからなんとかならんものか???ちなみに青森は完全に青い森鉄道とJRが一体化してるのでこのようなめんどくさい乗り換えが不必要。楽ちんである。
11時08分、一関行きの列車に乗り込む。座れない。その後一関、小牛田と小刻みに乗り継ぎ、仙台には14時23分に到着。そしてお次は14時30分発の福島行き。ここまで一関では11分、小牛田では6分、仙台では7分と乗り換え時間が短いためまともに飯が食えていない。一関では駅そばくらいなら食えたかもしれんが発車間際に乗ろうとするとぎゅうぎゅうのところに突っ込んでいかねばならんかもと思うとなんか嫌になっておとなしく乗継列車に乗り込んだ。
福島行きは仙台では座れなかったけど途中で座れた。それまでと比べると列車も長いし本数も増えるので青森からやってきた軍団もばらけたのかもしれない。
そして15時50分、列車は終点の福島に到着。この先15時58分発の列車があるがこれは新白河行き。新白河からは後からやってくる福島発16時28分の列車に乗ることになるのでここは初めから16時28分発の黒磯行きに乗ることにする。
しかしこの福島行き、なんと福島に到着後、列車番号を変えてそのまま黒磯行きとなることが車内アナウンスで判明。おぉ~こりゃいいわい。石北線の網走発の遠軽行きがそのまま旭川行きになるのと同じような感じである。
というわけで座席に荷物を置いたまま改札をくぐり食料の調達に向かった。
16時28分、黒磯行きとなった列車は福島を出発。そして17時17分、郡山に到着。ここで16分停車するので切符に下車印を押してもらった。
日もとっぷり暮れた。見るべきものもなくどんどん東京に近づくにつれて「あ~終わったなー」という気持ちがしみじみ湧いてくる。
白河駅にて。なんかライトアップされた城が見えた。周りでも「お城がある!!!」という声が上がりそっこー調べた子が「白川小峰城って言うらしいです。」って言ってた。すごいね、最近はなんかあってもすぐに調べることができる。
18時33分、黒磯に到着。18時38分の宇都宮行きに乗り換え。とうとう関東に足を踏み入れてしまった。そして宇都宮には19時28分に到着。ここでも途中下車の印を押してもらい19時40分発の上野行きの快速ラビットに乗り込む。15両と長いうえにここが始発なので余裕で座れる。ここまで来るといい加減疲れてきた。車内ではすることがないのでケータイのテレビを見る。するとあの大家族の石田家をやっていた。そこでは昨年の鬼怒川の氾濫のことをやっていた。じわじわ水が迫ってくる様子や水害のその後のこともやっていた。改めてめちゃくちゃ大きな災害だったんだなと思った。最後はお父さんが会社を退職。サラリーマンの愚痴を聞くにつれ自分も同じサラリーマンなので「つらいよねぇ~。」と同情した。うちは子供が2人しかいないけどあれだけの子供を育て上げるというのはそれはもう大変なことだと思う。精神的にも経済的にも。でも大変だけどその中に楽しさとか幸せが見いだせるからやってられるんだろうな~。まぁ外資系の化粧品関係の会社らしいけど給料いいんだろうな。それだけ稼ぎが無かったら家計が回らないもの。そんなことを思っていたら上野に到着。5日ぶりに帰ってきた。その後京浜東北線で田町に帰還。そんなわけで5日間の北海道への旅が幕を閉じた。
これが今回の旅の相棒「北海道&東日本パス」。最初は純粋に下車した駅だけの下車印だったけど最後の方は乗り換え時間の合間に押してもらったりした。いい思い出だ。
爆睡していた僕は間もなく青森に到着という車内アナウンスで目が覚めた。行きと違い青函トンネルとか全く気付かなかった。そしてはまなすは終着青森に到着。最後のお別れに写真撮影を・・・というようなことはせずいそいそと青い森鉄道に乗り継ぐ。
というわけで6時25分、列車は八戸に向け出発した。
車内ではうつらうつらしながら過ごす。今日はもう帰るだけだ。眠けりゃ寝てしまえばいい。
雪国らしい景色の元東北本線を走ること1時間25分、
キハ40が停まっているので記念にパチリ。
もういっちょ。
ひとしきり撮り終わると改札へと向かう。朝飯を食うためである。ここに来る途中、うつらうつらしてる間に朝飯を食うところを調べていたんだがこの八戸、中心はここではなく八戸線の本八戸。なのでこの八戸駅周辺には食べるところとかあまりない。とはいえここは天下の東北本線(元)。新幹線も停車する立派な駅である。もともと栄えてなくてもこうやって街の玄関口ともなればだんだんと栄えていくだろうと思いきや今でもそんなことはない。駅の反対側(?)は今でもなーんにもない。僕的には海鮮ものを食べたかったんだが・・・。
というわけでこの8時前という時間もあり選択肢はここしかなかった。
中に入ると種類は多くないもののどれもこれもおいしそう。
というわけでいただきます!!!ご飯をオバQ盛りにして3杯もいただいた。ほんと腹いっぱいで大満足でお店をあとにした。
