今日は人が多いので早くシャワーを浴びねばということでシャワーに向かう。
先客がいたのでラウンジで待機。
シャワーを浴びる。寝台列車でのシャワーは5年前の北斗星以来だ。
シャワーを浴びたあと清掃ボタンみたいなのを押さねばならんのだがそれを押したら「ブシャオォォォォ~」と文字で表現しにくい音とともにものすごい勢いで空気が噴き出してきた。マジでびっくりした。
安来節の安来に停車しそのあとはこの辺りで一番でかい駅である
岡山を出ると目を閉じた。今日は一日長かった。三江線を乗り通し、山陰線を江津から出雲市まで。正確に言えばサンライズに乗ってから伯耆大山まで乗ってるから江津から伯耆大山まで。サンライズを始発から終点まで乗り通すという夢のような乗り鉄旅。明日の仕事は気が重いが夢のような三連休だった。可部線の復活部分の訪問、子供のころ住んでた場所の訪問、三江線、芸備線の撮影。久々に歩いた広島の街。いい旅だった。
僕はというとここから会社に直行。いつもより早い時間の出社となった。
いや~今回もいい旅だった。楽しかったわ。
おしまい
出雲市に到着。ひとまず改札を抜けこれから乗るサンライズの乗車券を購入。ここでも禁煙の寝台の空きを確認したけどダメだった。
駅舎。今日、これまでに通ってきた中で一番立派な駅舎である。
全国的にも有名な場所だしね。出雲と聞いてたら大体の人が「あの出雲大社の?」ってことにあると思う。
こちらは一畑電鉄の電鉄出雲市駅。
映画「RAILWAYS」の一畑電車である。
おととし富山の地鉄の駅を訪ねたけど今回は初代のRAILWAYSの舞台にやってきた。
と言ってもここは映画に出てこないけど・・・。
駅前を散策し飯を食えるところを探してみるも適当なところがない。で、駅に戻ってきた。
しかしまぁさすがに出雲の国の出雲市駅。風格があるというか重厚というか。とにかく立派。
駅のコンビニで飯、酒、つまみを買い込み
改札へ。
ちょうど列車が到着したところなのか改札は人でいっぱい。岡山からのやくもが到着したのかな???
改札をくぐりホームに上がる。
サンライズの発車までまだ30分ほどある。
やくもに乗って東京に帰るという手もなきにしもあらずなんだがここまで来たらやっぱサンライズでしょ。なかなか始発から終点まで乗りとおす機会なんてないもの。
こちらは遅れている浜田からの米子行き普通列車。
発車を待つやくも。
向かいのホームには岡山からのやくもが到着。ということは先ほどの改札の混雑は八雲じゃなかったんだな。
終点出雲市にとうちゃこ。
やくもが出た後には各駅停車が到着。キハ40は見ないな。だいぶ入れ替えが進んでいるのか???今日は乗れてラッキーだったな。
そして東京行き、サンライズ出雲が入線。去年の六甲全縦以来の乗車である。
今回は始発から終点まで乗り通すことができる。前回は大阪から東京までの乗車。はっきり言って寝ただけである。前回の模様はこれ
これから12時間余りの旅である。とはいえゆったりできるのは大阪くらいまでかな。
そしてこの旅最後の列車、サンライズ出雲に乗り込んだ。
三江線からも 見えた橋。
ドアが閉まって発車の準備。
五十猛で普通列車と行き違いをして列車は進む。そして・・・
この辺りの人からしたらふるさとの山って感じなんだろうな。
二百名山。あの田中陽希も登っている。僕も登ってみたい。
世界遺産、石見銀山の駅だ。
対向列車が到着。
大田市を出発。再び列車は海沿いを走る。
出雲神西をでてしばらくすると前方の景色に「おぉぉぉぉ~!!!」
その街の中に入ると
というわけで短いような長いような山陰線の旅がひとまずは終わった。
しかし久々にきた江津駅。なんか昭和っぽいというか国鉄のにおいがプンプンする駅だ。いいねぇ。こういうのは大好きだ。
そして列車は5分遅れて出雲市へ向け出発した。
満を持して間違えてしまった。
そして川にかかる橋の横を通過する。
これ、八重山神社のところから撮ったやつか???多分そうだ。
駅周辺をぶらっとして改札に戻る。まだ列車に並ぶ姿は無い。
残された時間を惜しみつつ最後に駅前をもう一回り。すると・・・
なんかえらい行列になっとるやないかい!!!早よ戻らねば!!!
列車のドアが開き自分の席を確保。江津本町あたりの大きく河口に開けた江の川を見るべく、ここまでとは反対の進行方向左側の座席に陣取る。
そして列車は無事に行き違いを終え我が列車は江津へと出発した。
駅横のトイレで朝の生理現象解消タイムを済ませいざ改札の向こうへ。
列車にに乗り込み座席を確保してから撮影タイム。
キハ120形。Nゲージで売ってたな。高山線、関西線、木次線、三江線、津山線の120形シリーズ。
向かいのホームのタラコ。
三次。次はいつ来るんだろうか。中高時代には三次出身の友達はいっぱいいた。大親友のナオトも三次の出身だ。
跨線橋を渡り
改札に戻ってみどりの窓口で本日のサンライズのキャンセルを確認。今の寝台は喫煙室なので禁煙室の空きを確認したがやはり満席のままだった。
構内を散歩。留置線には単行の列車たちがお休み中。
こういうのを見るとこの町は交通の要衝、列車の運行上の基地という感じがする。
昔、三江線を乗り通したときは三次を発車した後芸備線と並走した記憶がある。でも今の配線では不可能だ。左側の途中で途切れている線路、あれが昔は本線とつながっていたんだろうか?つーかつながってたんだな。そうじゃないと無理だもん。
しかし悲しいかな手ぶれである。手ぶれ防止がオフになってたのか???
ほぉ~快速でしたか・・・と思ったらこれは折り返しが快速広島行きとなる。つーか芸備線に快速か。
もうみよしもちどりもたいしゃくもなくなったからね。急行は全滅だ。
今となっては快速が芸備線の唯一の速達便。でも三次からだと高速バスの方が分があるな。なんてったって本数が多い。あちらは毎時2本はあるけどこちらは毎時1本という感じ。所要時間も広島駅ならば芸備線の快速の方が多少早いが紙屋町に行くなら高速バスの方が早い。こりゃ急行は勝てんわな。これに急行料金出すとは思えん。各駅停車なら広島まで高速バスよりも確実に遅い・・・。
広島方面からの乗り換え客が乗り込んでくる前に急いで三江線の列車に戻る。すると「な、なに~!!!」
同じホームの向かい側に列車が入ってきた。芸備線の下り列車である・・・と思ったら福塩線の下り列車であった。府中発の三次行き。三次着9時58分の列車である。くそぉ~こんなのもあったのか。だったらさっきの塩町方面のアングルで撮影できたではないか!!!しくじったなぁ~。正直三江線の発車時刻しか調べてないからなぁ。僕が乗ってるこの江津からの折り返し列車も三次着の時間を把握していれば撮影できたのに。こんなんトイレなんか行ってる場合じゃなかったな。つーかよく考えたら三次という駅は三江線、芸備線、福塩線という3つの路線が乗り入れる立派なターミナル駅である。まぁどれもこれも一級品のローカル路線だがそれでもこんな中国山地のど真ん中の町によくもまぁ集まったもんだと思う。ただもうすぐ三江線は無くなってしまうけど・・・。
しかし三江線と福塩線は撮っときたかったなぁ~。2度しくじったという気分にうちひしがれながら列車は石見川本へと出発した。
17時38分、列車は留置線へと引き上げていった。
今東京に住んでるけど東京と比べたら大阪だって随分と田舎だ。ぶっちゃけ東京以外は全部田舎。でもそれを言ったらおしまいなので広島くらいの街は都会の部類に入れないと日本全国全部田舎になってしまう。
でも街の活気は広島にはかなわない。
でもこれは一度広島から都会に出てみないとわからないと思う。
ハンズもパルコもビックカメラもあるしね。
一つ目の トンネルを抜けたところでパチリ。
トンネルの中の列車を撮ることってあんまりないな。なかなか新鮮。
でてきた!!!
一つ目のトンネルを抜けた。しかしここはいいお立ち台だ。
みんなでマナーを守って
今後もフェンスとか張られないように
これからもずっとずっとここで撮影できことを
本当に切に願う。
玖村発16時45分の三次行きを撮影してふと可部線方面を眺めると
つ ーか105系はどこ行った???それは置いといて右上に見えるの南原ダムだな。ここからでも見えるんだ。
列車がやって来た。
木々の影が正面に映る。
しかしまぁこんな短いトンネルが連続する区間なんて他にないよな。
3連続でしかも入口から三つ向こうのトンネルの出口が見えてるんだもんね。
広島はいいわ。可部線もあるし芸備線もある。足を延ばせば木次線も。なくなっちゃうけど三江線もある。
40歳を迎えるにあたり仕事のきつさとかなんかもろもろ嫌なことが多くなってくるとなんか昔の楽しかった頃の思い出に浸りたくなる。昔は広島は田舎だから都会に出たいと思ってた。でも名古屋にも関西にも東京にも住んだし正直もう田舎とか都会とかどうでもよくなった。故郷の広島がよくなってきた。
駅に向かいがてら最後の最後の列車を撮影すべくカメラを構える。このまま駅に向かっても三次方面の列車の後に広島行きの列車が来る。道路をアンダークロスするあのポイントが行くか行くまいか迷っていたポイントだ。でもあっちじゃなくてこっちに専念してよかった。あっちに行ってたら1本トンネル側の列車を撮り損ねていたかもしれん。
そして列車がやって来た。
あらためていいなぁ。キハ40系。
次はいつ来れるのか。
枯れ草がちょっと邪魔だけどこの場所はホントいいところだ。
駅の入口の前に陣取りこれからの予定を考える。やりたいことは色々ある。しかし時刻は14時半をまわった。全部やるには時間的に無理だ。ひとつづつ検証する。まずは三江線の宇都井駅で撮影。これをやるには今すぐここで引き返さねばならん。よって却下。続いて芸備線での撮影。中山隧道とネットでよく出ている戸坂の踏切。これも時間がないので却下。しかし玖村ー下深川間の3連のトンネルの写真は撮りたい。安芸矢口方面の道路をアンダークロスするポイントは現場に着いてから行くか行かんか考えよう。お次は玖村にどうアクセスするか。気持ち的には梅林で降りて高瀬堰を渡って向いたい。あのあたりには色々思い出があって今回行かなければ次にいつ歩けるかわからない。しかしそうするとまだ見たことのない新白島の駅に行けなくなる。時間が許せばこの時間からでも三次まで芸備線を乗ってみたいという気持ちがあるのでそうなれば玖村から乗ることになり新白島には行けなくなる。まぁこれは電車に乗ってからどうするか決めよう。
可部を出発した列車は中島を過ぎ太田川にさしかかる。
これまでの疲労が出てきてうつらうつらしながら目が覚めると
列車は横川に到着。僕の中では横川は都会だった。この駅は可部線と山陽線が乗り入れていて横には新幹線も走り、さらに駅前には広電の路面電車も乗り入れておりバスのターミナルもあり商店街もある。小学生の頃はほんとに都会に見えた。中学生の頃は広大の大学病院で手術をしてその絡みでこの駅から大学病院行きのバスに何度も乗ったもんだった。ここの駅前も可部みたいにきれいに整備され昔とは雰囲気が変わってきれいになった。広電の電停が若干鹿児島駅前に似ていると思うのは僕だけか???
その横側を出発すると・・・
昔より幅が広がったしお店とかできてる。以前はただの通路だった。
そして列車は狩留家に向け出発。発車間際だけど芸備線だから大丈夫かなと思ったけどどうしてどうして。なかなかの乗車率である。ボックス席を独占できるかと思ったらとんでもなかった。今じゃ芸備線も20分ヘッドの運行である。僕からしたら「あの芸備線が!?」って感じである。札沼線が電化された現在、日田彦山線と並びキハ40系が走る貴重な大都市区間である。
けっこう混み合っているのでのんびり車窓が眺められない。ちなみに僕が座れたのはボックス席の通路側だ。
普通の道を歩くよりも断然早い。5,6分は変わると思う。
そして
「ん???」
ここの空き地でご夫婦がよくキャッチボールをしていたのを思い出した。
フェンス越しにこれまた懐かしいものが見えた。
思いがけず門が開いている。中に入ってみたい、校内を歩きたい・・・という衝動がむくむくと湧き上がってきたが何とか思いとどまった。正直ちょっとくらい入ったってかまわんだろうとも思ったんだが最近はいろいろうるさいからのぉ。「変なおっさんが校舎に侵入であえなく御用」とかは勘弁だ。
荒下の風景。ここに安佐市民病院が移転する。周囲はまだ農地が残っている。なんかホッとするねぇ。ちなみに幼稚園のころこの近所の牛を飼ってるところへ絵を描きに来た。なんかいろんなことを思い出すわ。
それでも表札で名前が確認できたりすると「あぁまだここにいるんだ」とうれしいようなホッとするような何とも言えない気持ちになる。まぁ本人がいるかはわからんけどね。みんな世帯とか持ってるだろうから親しか住んでないかもしれん。
歩いていたら前方から亀山中の生徒たちがやってきた。すれ違いざまに「こんにちわ~」と挨拶してきたのでこちらも「ちわ~」と挨拶。いや~気持ちがいいね。そういや僕も小学生の頃は学校帰りに出会った人には「ただいま帰りました~」って挨拶してたな。自分がされる側になって「あぁこんな感じなんだな」って初めてわかった。
両延神社の階段を下ったところにある公園。ここも懐かしい。昔から変わらずここにあってくれてなんかうれしい。
う~む、なんかえらいすっきりしたように感じる。昔、ここは砂利道で草とかも生えてたように記憶が・・・。
それになんか笹薮みたいなところから川に降りたような記憶があるんだが・・・
しばし歩いて振り返ってみてもしっくりこない。そもそも笹薮がない・・・。伐採されちゃったのかな???
つーかよくこんな川で遊んどったな。水量も少ないし決してきれいじゃない。昔と変わっちゃったのかな???昔は確かにここで釣りとか魚とりとかしてたんだが。
そんなことを思ってたんだがそれでも橋の下で遊んでる2人の男の子がいた。
ヌートリアが泳いでいた。ここにもいるんだな。
ところでこんなの前からいたんだろうか???子供のころは全く見たことがない。初めて見たのは確か13年前。伊丹の小屋池公園にて。鳥の写真を撮りに行っててふと池の中に目をやるとそこにヌーが泳いでいた。こんなのが日本にいるなんて知らなかったしその姿から「おぉぉぉぉぉ~!!!!!ビーバーじゃ!!!!ビーバーが泳いどる!!!」と興奮しながら銀塩カメラで写真を撮りまくっていた。今思えば銀塩カメラとはなんと金のかかるカメラかと思う。フィルム代に現像代にプリント代。しかも現像するまでどう映ってるのかわからんなど何ともリスキーなカメラだったな。「デジカメなんかおもちゃじゃわい!」とけっこう銀塩で粘ったけど今となっては「そんな時代もあったな」って感じである。
前方に笹薮が見えてきた。
結局行きたかったポイントがどこだったのか判然としないまま大毛寺川をあとにした。
おぉ~ここ舗装されたのか。しかもガードレールまでついている。昔は未舗装の土の道だった。
おぉ~懐かしい景色だ。
ここの道を通ってちびっ子広場とか向こう側に続く道に行ってたんだが今見たら完全に個人のお宅の私道みたいな感じだ。通ろうかなと思ったけどそこのお宅の方が外に出られていたのでやめた。
でもここの溝がオレンジなのは変わらない。何が流れたらこんな色になるんだろうな。
ん???
お次のポイント向かおうと今来た道を引き返そうとすると・・・
ここの坂道を登ると
ちゃんとフルネームで表札が出ていた。よかった~。ホッとした。
続く。
今日は三江線を撮るまでは時間的なスケジュールを考えていたけどここからは正直言ってノープランだ。行きたいところはたくさんあるけどどこをどうまわってというのは時間では決めていない。とりあえず考えていることは①昔住んでた場所を歩く②延伸開業した可部線に乗る③新白島駅を見る④芸備線を撮影する⑤芸備線を三次まで乗る⑥宇津井駅で三次方面から来た列車を撮影する
まぁ時間的に考えて全部はできない。どれを選択しどれを切るか。それはこの後考えよう。
久々に路線バスに乗りたくなってバスで向かおうとすると弟君が乗せていってやると言ってくれ、おかんも買い物ついでに一緒に行くことになった。
虹山県営住宅こと虹山県住。略して「ニジケン」
いや~変わった。めちゃくちゃ開けたなぁ。昔は車が見える奥は山だった。
ということは26年振りか。
K本の家に行ってみた。表札は出ていなかった。ちなみにこのK本君、中学に入ってグレにグレまくり立派なヤンキーに成長。卒業アルバムもなんか金髪モヒカンみたいな感じだったような気がする・・・。ん???どこでその卒アル見たんだっけ???僕はこの学区の中学には行っていない。誰かに見せてもらったんだろうな。さらに言うとこのK本君の兄ちゃんもドヤンキーだった。
寿屋。すっかり古びてしまってるけどまだあったんだな。
シカはこの向こうから走ってきた。最初は「え?ウマ?でっかい犬?」がこちらに向かって突進してくるように見え 大いにビビった。
国道261号線を離れ一路宇津井駅へ。
おぉ~ホームには人の姿が。三次行きに乗るのかな???
こうなった。あえて川の部分を全部切り取ってもよかったな。
こんな感じで。(トリミングしてみた。)
結局ここもあとから小学生の子を連れた親子が来ただけでほぼ独り占め状態だった。
三江線が意外と実家の近くを走っていたと知ったのは自動車学校に通うようになってから。僕は島根の自動車学校に通ったんだが教習で何度かこの線路沿いを走った。その時は「へぇ~こんなところを走ってるんだ」とちょっと感動したもんだ。その後、一度三次から江津まで乗り通した。多分大学2年に上がる春だったと思う。その時は乗り換えなしで三次から江津まで行けたからそういうダイヤだったんだなぁ。今は朝5時38分発の列車以外に三次から直通する列車はない。ちなみにその時は江津から山陰線をえっちらおっちら乗り継いで鳥取まで行き、そこから今は亡き夜行の急行だいせんで大阪まで行ったような気がする・・・けど記憶がおぼろげだ。当時の写真を引っ張り出せばはっきりするだろうけど今は手元にない・・・。
登山で鍛えたこの足でぇ~
へぇ~。かつてはここを7連の列車が走ったこともあったのか。
ひとしきり満足して宇津井駅をあとにする。ここで列車を迎えてみたいんだがこれから予定がある。その予定を途中で切りあげないともうここへは来れないな。次の列車は11時09分発の江津行き。これを待っていてはこれからの予定が潰れてしまうし・・・。
もう四月は目前だというのにめちゃくちゃ寒い。弟君の愛車カローラフィールダーに乗り込みエンジンをかけると「な、なにぃ~!!!」
なんともう春に片足を突っ込んだ時期というにもかかわらずなんとフロントガラスもリアガラスも凍り付いているのである。車内の温度計では外気は氷点下1度と表示されていた。恐るべし中国山地である。
爪でガラスをがりがりしても全然追いつかないのでエアコンで曇り除去モード(正式名称がわからん)でじっくり溶かす。で、ナビに行き先を登録しようとするも使い方がよくわからんので寝ている弟をたたき起こし使い方を教えてもらう。ロケハンをしたいので5時30分には出発したかったんだが結局5時40分をまわってからの出発となってしまった。
懐かしの通学路を一路因原を目指し走って行く。今回の撮影は弟君が帰省しなければ実現できなかったことだ。実家の車は僕が運転すると保険がきかないのだ。いかに田舎道とはいえ保険なしの状態(自賠責は当然入っているんだが)では怖くてとても運転できない。その点、弟君の車はだれが運転しても保険がきくので非常に助かる。走りながら道端の気温計の表示を見るとなんと氷点下4度。地面が濡れてないからいいものの濡れてたら凍結してるだろう。40~50分くらいかかるかと思ったら30分足らずであっけなく目的地の八重山神社に到着。ロケハンのためそのまま川沿いの細い道を進む。対向するのにも苦労しそうな細い道だ。あらかじめ三次行きはここで撮ろうという目星をつけておいた場所を実際に確認し、今度はメインの撮影となる浜田行きの撮影地、八重山神社へと向かう。車を停め、踏切横の道から丘の上へと登って行く。すぐ横の民家のワンちゃんにえらい剣幕で吠えられまくる。周囲はまだ薄暗くまったくひと気もないので少々気味が悪い。しかしそんなことは言ってられないので我慢して上へ上へと登って行った。
そしてポイントに到着。
ネットとかでもよく見るアングルだ。しかし・・・「ん???」
なんか赤い看板があるぞ。
ドラッグストアのウェルネスではないか!!!ネットの画像にはあんなもんなかったぞ。うぉ~なんというところに看板を立ててるんだ。ついでに店舗も。邪魔だ。向こうからすりゃ知ったこっちゃないかもしれんが邪魔過ぎる!!!つーかなんだこの破壊力!!!雰囲気がぶち壊しではないか!!!
う~む、これができちゃったせいでこのお立ち台、終わっちゃったなぁ~。
気を取り直して三次行きの撮影ポイントに向かう。
春休みの3連休だしそれなりに有名なお立ち台だと思っていたので同志が大勢詰めかけてるかもと思っていたんだが人の姿は皆無。正式に廃止の発表もされたからちょっとビビりながら来たんだがまったくもって自由に撮りまくれそうだ。
列車の通過までまだ15分ほどあるので車に戻る。この様子じゃ僕以外にはここへはこないだろ。来たって場所取りに困るようなことはない。カーナビでこの後の宇津井駅までのルートを検索。こういう時にナビは便利だ。
いいころ合いで車外に出てカメラを構える。今回は手持ちだ。う~む、やっぱり三脚持ってくりゃよかったな。
ぱちり!!!
車に戻り次のお立ち台、八重山神社こと因原児童公園に戻る。
あれこれアングルを考えていると・・・「ん???」
まずは望遠でぱちり!!!昨日の東海道線の中ではこの赤い看板&店舗がまだ建っていない頃の素朴な石州瓦の家々をバックに走る写真を見ていただけに「残念!!!」の一言。完全にこちらサイドの自己中な恨み言になってしまうが言わせてもらおう!!!ウェルネスさん、何てことしてくれたんだ!!!ついでに見切れてるおっちゃん、あんたもだ。
若干残念な気持ちを引きずりながらお立ち台をあとにする。ここまで30分くらいだから明日も来ようかな。その後の行程が忙しくなりそうだけど。そんなことを考えながら車へと戻って行った。
品川では5時10分発の小田原行きに乗り換え。
6時49分 、列車は浜松に向け列車は出発。眠いので基本的には目を閉じている。ふと目を開けると・・・
駅前で弟君の車に乗り込みいざ広島を目指す。阪神高速から第2神明、加古川バイパス、姫路バイパスと走り姫路西ICから山陽道へ。18時半には着くかなと話していたところ岡山JCと倉敷JCの間で事故が発生しこの区間が通行止めとの情報が。そこに行くまでに通行止めが解除されることを祈っていたんだが結局解除される前に到着してしまった。仕方がないので吉備のスマートICで高速を降り倉敷ICまで迂回することにしたんだがこれがまた渋滞でなかなか前に進まない。そうこうするうちに山側を走る高速道路を見ると車が行き来しているではないか。う~む、あのまま待っとけばもうすいすい走れてたわけだな。まぁこれは結果論だから仕方がない。大幅に時間をロスして倉敷ICに突入。その後は休憩をとりつつ広島道、中国道と乗り継いで実家には20時過ぎに到着。その夜はたらふく飯を食い少し酒を飲み、そして語らい長い一日が終わった。
この3連休で広島に帰った。ほんとは子供らも連れて家族ともども帰りたいんだがいろいろあってなかなか帰れない。というわけで帰ったのは僕だけだ。
計画段階では色々あった。当初は成田からLCCの飛行機で帰るつもりだった。土曜の朝に広島空港に着いて芸備線に乗ったり撮ったりして翌日は可部線。最終日は三江線に乗って東京に戻ろうと思っていた。乗ろうとしてた飛行機は朝7時過ぎのフライト。田町から始発の電車に乗っても成田に着くのは6時半。これはぎりぎりだ。というわけで金曜日の夜にバスで成田に向かうことにした。大崎を1時くらいに出て成田に2時半ごろ着く便があるのである。ほぼ徹夜だがまぁ仕事をするわけではないので大丈夫だろ・・・って思ってたんだが困ったことが起きた。ネットで飛行機を押さえたと思ったら代理店から電話しろというメールが来た。電話してみると予約した座席はすでに無くなっており他の席だと1万7千円ほどになるというのである。これなら新幹線と大して変わらん。というわけで飛行機の線は断線した。しかし新幹線→芸備線→三江線→山陰線からの最後はサンライズで帰京という線は思いのほか金がかかるので一時は帰省すること自体を断念した。しかしせっかくの3連休。延伸・復活した可部線にも乗りたいし芸備線にも乗りたい。三江線にもお別れ乗車したいしサンライズにも乗りたい。それよりも何よりも親に顔を見せたい。うちの親も67歳と64歳。離れて暮らしているのでなかなか会えない。生きてるうちに会えるだけ会っておきたい。というわけでやっぱり帰ることにした。しかし節約のため18きっぷでの帰省である。田町から東海道・山陽線をひたすら西へと進む旅である。東海道線は正直つまらんが久々の山陽線はちょっと楽しみだ。ゴールの可部線あき亀山には20時半ごろ到着する。片道16時間、移動距離900キロ余りのロングランである。
しかしまたまた予定が変わった。神戸に住む弟君が、僕が帰るなら車で自分も帰るから神戸から乗せてやると言ってくれた。久々の鉄道の旅を楽しみたい気持ちもあるが車ならうちに着く時間が3時間くらい早くなる。あき亀山駅の夜の様子を撮影しようと思ったが親孝行のためにも神戸で列車を降りることにした。
※トワイライトに乗った時の模様はこちら→ http://ponpokosmile.blog.shinobi.jp/%E6%97%85/%E5%B9%B4%E6%9C%AB%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%80%802012%E3%80%80%E5%85%B6%E3%81%AE4
さっそくレストランに朝食に向かう。下のチビはリンゴジュースが飲めるのでご機嫌だ。
その後ゲームコーナーとかで遊んで寝台に戻る。そしてごろごろしてたらあっという間に昼になり、ご飯を食べたら下船の放送が始まる。乗船時間は19時間ちょっとで小樽ー舞鶴とあんまり変わらないけどこちらの方がなんか忙しなく到着するように感じる。
下船の準備をして寝台でゴロゴロして過ごす。そして船は定刻に大洗港に到着。いや~ちゃんと時間通りに着いてよかった。
フェリーターミナルを出るとものすごい数の行列ができていた。「これ、大洗駅行きの行列ですか?」と聞くと「水戸行きです」との答えが。そんなバスもあったのか。調査不足だ。だとすれば僕らが乗る大洗駅行きのバスはどこから出るんだ???フェリーターミナルの案内所で聞いてみるも例の行列だと教えられる。水戸行きと大洗駅行きの2つの行列がごっちゃになってるんだな。しかしこんなに並んでたら座れないかもしれない。僕はいいとして特に下のチビは厳しそうだ。というわけで目の前に停まっていたタクシーに大洗駅までどれくらい(お値段)かかるか聞いてみると「720円」とのお答えが。おぉなんだ、ワンメーターで行けるのか。というわけでタクシーで大洗駅に向かうことにした。
大洗。名前は知ってたけど初めて来たぞ。大洗のイメージはアンコウ。あと釣り。以上。
列車には80分ほど乗るし上野だろうが東京だろうが何だったら終点の品川でも好きなところで降りればいいので気が楽だ。しかし確実に現実世界へと戻る旅である。明日は会社だ。また「今年」が始まる。今はチビどもが一緒にいて楽しい時間を過ごしているので例年ほどではないけどやっぱり少し気が重い。
車窓をボーっと眺めていたら・・・
そして列車は上野に到着。僕らは次の東京で降りる・・・予定だったけどめんどくさくなって終点の品川まで乗り通すことにした。品川で降りても、ちいバスで100円で帰れる。そして16時53分、列車は終点の品川に到着。あ~ほんとに終わってしまった。あっという間の5日間だった。名古屋に迎えに行った時から数えたら6日か。楽しかったなぁ。今年も正月休みは終わりだ。また明日から「今年」が始まる。年々、立場的にも厳しくなっていく会社。出世とかどうでもいいから穏やかに過ごしたいものだ。
終わり
腹ペコでレストランへと向かう。肉も刺身も食べ放題だ。
一度寝台に戻り下のチビと船内を探検する。甲板に出たり色々歩き回る。船はすでに港を離れ周囲は真っ暗。街の明かりは見えない。その後売店やチャイルドルームなどを周って再び寝台に戻る。寝台に戻ると上のチビが映画を見たいというのでシアタールームに向かう。インディージョーンズ(だったかな?)を見るも途中で寝てしまった。最終的には途中でみんなで退場し寝台へと戻った。その後風呂に向かうもチビどもの小競り合いが始まり下のチビが上のチビに殴りかかる。これは下のチビが悪いと引き離しにかかった時に僕の小指が下のチビの顔をひっかいてしまった。すると下のチビは大きな声で泣き出した。顔を見ると目の下が傷になっていた。わざとではないにしろ「しまった」と思い謝って謝って謝り倒した。かわいそうなことをしてしまったとととてつもなく後悔する。そうしているうちにも入浴時間のリミットである22時半が迫ってくる。とりあえず風呂には入れて寝かさねばならんので風呂場に行くとなんと入口に本日終了的な看板が出てた。しかしまだ22時半には数分ある。ということで無理くり中に入った。時間がないのでぐずるチビをなだめて浴室に入ると中にはまだ数人の人達が入浴中。時間がないのでさっさと体を洗おうと腰を掛けるとなんと隣の人の背中に桜吹雪が舞っているではないか。「あちゃ~よりによって変なとこ座っちゃったな~」と思いながらも下のチビの体を洗う。しみるので痛いというけど謝りながらなだめながら体を洗い湯船にざぶんとつかり風呂を出る。外には清掃の方が掃除を始めていたけど「すんません」と謝りながら急いで服を着せる。清掃の方の「慌てなくてもいいですよ」って言葉がホントにありがたかった。その後寝台に戻って子供らを寝かせた。その後は一人でぷらぷらしようかとも思ったけど僕も疲れてしまってなんだかんだですぐ寝てしまった。
バス停には行列が。バスはもう着いているのになかなか行列は前に進まない。つーかこりゃ座れないなぁ。下のチビがぐずり始めたのでちょっと困る。上のチビとも喧嘩を初めて仲裁するのに苦労する。疲れてきて機嫌が悪くなってきたようだ。
30分以上並んでもまだカウンターにたどり着かない。上のチビに電話するも電源が入っていない。もー何やってるんだあいつは。これじゃケータイの意味がないじゃないか。これはもう向こうからの電話を待つしかない。そのうち下のチビも「にいに大丈夫かな」と心配し始めた。とにかく今ここを離れるわけにはいかないし向こうも不安になったら電話をかけてくると信じるしかないと思っているとなんと上のチビが降りてきた。「お前電話は?」と聞くと「電源が切れてた」というではないか。おいおいマジか。充電しとけと言ってたのに。しかしよくここがわかったなと聞くと「放送で地下って言ってた」と言う。こういう風に動けるようになったんだな。知らない間に大きくなったんだなとちょっと感慨深くなった。
やっとのことで手続きを済ませる。その後売店に行きお土産や食料を調達。チビどもはお土産で2人そろってまりもを購入。さらに上のチビはあれこれ迷いながら嫁へのお土産も選んだ。
とりあえず予定通りに14時発のスーパーカムイに乗れた。
上に着ているものを2枚脱ぐんだが各々がこれらを脱ぐと結構なボリュームとなってそれなりに座席が散らかる。背負ったザックからもちょいちょい荷物を出したりするので下車する10分くらい前から降りる準備をするんだが今回は落ち着かない。 旭川から岩見沢までは約60分。これくらいの乗車時間だと正直心の底からはのんびりできない。通勤電車で1時間なら寝ようかなという気にもなるんだがでかい荷物をもって且つチビが2人もいるので落ち着かない。
函館線は雪が深い。
室蘭線のこの区間、乗り通すのは何年振りだろうか???前に乗ろうとした時には大雪で運休となってしまった。今回乗る機会に恵まれたのはラッキーだ。通常の僕の鉄道旅ならこの区間を組み込むことはあまりない。
この路線も先日の「単独で維持困難」な路線の1つとして発表された。僕が次に乗る日は来るのだろうか?もしかしたらこれがお別れ乗車になってしまうかもしれない。
ここからは釧路で乗変した追分ー苫小牧の切符の登場となる。とはいえこいつで途中下車することはなくすぐに苫小牧で役目を終えるんだが・・・。
ここから先は正直消化試合みたいな感じになってしまった。はっきり言ってしまえば思い入れのある区間でもなく、乗ってくる人も増えてきた車内もそこそこ混んできた。なんか旅が終わったなぁと感じる。そうしているうちに沼ノ端で千歳線と合流しあっけなく苫小牧に到着。
製紙工場の煙突からもうもうと煙が上がる。今は室蘭線、千歳線、日高線が集まるターミナルだけど将来は日高線と岩見沢までの室蘭線がなくなるかもしれない。特に日高線が厳しい。そうなると路線図上はただの中間駅となってしまう。寂しいねぇ。昔は北海道中に線路が敷かれていた。それが年を追うごとに線路がめくられ国鉄からJRになるあたりで大きく路線が廃止された。 その後は多少落ち着いたけどそれでも僕が記憶にあるだけでも函館線の上砂川支線、深名線、ふるさと銀河線、江差線の木古内ー江差間、留萌線の留萌ー増毛間が消えた。ここ数年でさらに大きく路線が減る可能性も高い。あと数年したら今回のルートで再び旅をすることはできなくなっているかもしれない。いろいろあったけど今回はチビどもと北海道を旅することができてよかった。心残りはコッタロ湿原だけだな。あの湿原はこれからも残るだろうからいつかチビどもが大きくなったら再訪したい。というわけで北海道の鉄道旅は終わった。
この降りっぷり。傘をもってくりゃ良かったな。余計な出費だ。
時刻は8時35分。バスは8時40分の出発だ。しかしこんなでかいザックを担いで動物園をウロウロするのは嫌なのでコインロッカーに預けなくてはならない。ホントはもっと早く来てバス停で並んでるはずだったんだがすでに発車間際である。これじゃ座れんかもしれんなぁ。前回来た時にはここからタクシーで向かった。でもバスなら何百円、タクシーなら何千円だ。だから今回はバスの一択だ。しかし前回は帰りはバスにしたんだがこれがもうぎゅーぎゅー詰めで上のチビは疲れて立ったまま寝る始末。それを支えるのも大変だった。
運よく開いていた600円のコインロッカーに僕とチビのザックをぶち込みバス乗り場に急ぐ。乗り遅れたら1時間待ちだ。
バスは動物園に向けて出発した。ぎゅーぎゅー詰めではないけど立ってる人もいるほどの乗車率。車内はほとんどが外国人だ。外国人にも旭山動物園は知られてるんだな。ここ数年で日本に来る外国人は激増したとほんとに感じる。僕が高校生だった頃は全然こんな時代が来るとは思ってなかった。正直こじれはすでに産業として成り立ってるわ。外国人相手の観光業。日本もこのままじゃ先細りなんでこういう変化も必要だ。つーかすでにこの人たちに日本の経済は支えられてるわ。
しかしまぁここまで来るとまったく雪は降っていない。旭川の駅前のあの光景は何だったんだと唖然くらうほどの平和っぷりである。結果論だからしょうがないけど「傘買って損したー」と心の底から悔やんだ。
ところで時刻は9時20分なんだが開園は10時30分である。1時間余り待ち時間があるんだが次のバスで来ると到着は1時間後。それでも間に合うんだがぎりぎりにくるともし激混みしてた場合に困るので安全策で早いバスで来た。今のところは全然ガラガラである。
けっこうな人が並んでいるので10時半になるまえに開門。しかし門をくぐったところで待機。あくまでもスタートは10時半の模様。その間にあとからあとから人々が入ってくる。
そして10時半。各自思い思いの場所へと走る。僕らはまずはアザラシ館へと向かった。
その後はオオカミとか昨日間近で見れなかったエゾジカとかヘビとかカエルとかレッサーパンダとか地味なものを見てから本日のメインイベント、ペンギンの散歩を見に行く。
今回はこれが見れた。そして最後はペンギンたちの後ろを歩いてついていった。上のチビも下のチビも楽しそうでよかった。
その後は北海道の動物を集めたエリアに向かい最後はチンパンジー館。13時のバスに乗らねばならないので12時35分でタイムアップにした。前回はライオンを見に行ったりヒョウだかトラだかを下からお腹を見上げるというのも見たけど今回はそれはパス。その代りペンギンの散歩が見れたからいいや 。
出口に向かう途中チビどもがお土産を買うというのでお土産屋に入る。下のチビにはペンギンのぬいぐるみを買ってやり上のチビにはオオカミのステッカーみたいなのを買ってやった。しかし前回の帰りのバスが激混みだったのでちんたらするわけにはいかない。焦りながら門を出てバス停に向かうと
うわぁぁぁぁ~!!!大行列だよ!!!これはどう見ても座れるか座れんかというよりも乗れるか乗れんかという問題だ。
遅ればせながら列の最後尾に並ぶ。いや~これ乗れないだろ。周囲を見てもタクシーの姿はない。このバスに乗り遅れたら14時のスーパーカムイに乗れなくなる。これに乗れないと予定通りに苫小牧に着けない。それはすなわちフェリーに乗り遅れるということである。不安になりながら運転手氏に「これ全員乗れるんですか?」と聞くと「この後に臨時を出しますのでそれに乗ってください」とのこと。その臨時がいつ出るのかわからんが状況的に非常にやばい。13時に定期の便が出るとすぐさま臨時がやってきた。それに乗り込み座席を確保。この臨時便もみんなが乗ったらすぐに出発。「よかった~」と思うと同時に「渋滞してたらまずいな~」とも思う。さっきの定期便がまともに走って旭川駅着が13時41分。遅れは10分までだな。
車内に戻る。この旅初のリボンナポリンである。初めて北海道に来て以来、滞在中に必ず1本は飲む。上のチビに飲ませたら「うまい」。上のチビは炭酸飲料は苦手だがこれは飲めた。下のチビは「うまいうまい」と言って残りをほとんど飲んでしまった。
残りの時間は恒例の撮影タイム。
18時53分、列車は旭川に向け出発した。例年だとここまで来ると正直消化試合のような気分になってくる。気持ち的には半分旭川に足を突っ込んだように感じる。「あ~正月休みも終わりだな~。あとはこのまま現実世界へと戻って行くだけだなぁ~」と。今年は一人でなくお供が2人いるからかもしれんがまだ楽しい気持ちでいられる。明日は旭山動物園で夜はフェリーだ。久々の船旅も楽しみである。
車内では先ほど買ったもので夕食とする。下のチビはどうもスパゲティが好きなようで一人でペロッと食べきってしまった。その後は将棋をしたりなんかして過ごしているうちにあっという間に終点の旭川に到着した。
荷物を整理して洗濯をしようとすると「ん???」
コインランドリーはどこだろう???どうにもこうにも見当たらない。フロント氏に確認するとこのホテルにはコインランドリーはないとのこと。また街の中にもないとのことだった。う~む、困った。明日のフェリーの中にはコインランドリーはない。今日、ここで洗濯できると思っていたのでそれができないとなるとチビどもの服が足らなくなる。なんとかせねばとやりくりして何とか目途を立たせ風呂に入る。明日は7時起きだ。この二日間、一昨日は6時過ぎで今日は5時過ぎだ。明日はちょっとだけ長く寝れるな。というわけでいろいろあった2017年の元旦が幕を閉じた。
