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兵庫から単身赴任で東京に暮らす39歳。趣味は登山とロードバイクとか言いつつも激務にやられロードバイクは部屋のオブジェと化してる今日この頃。もう一度輝きを取り戻したい!!!
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その後も思い出探しで徘徊する。このエリアは県住や官舎の類はなく戸建てばかりだ。昔の記憶を頼りに友達の家にも行ってみる。ここだったよなぁという感じで行ってみるも結構表札に名前が出てなかったりする。はっきりと記憶にある家に行ってみても表札が無かったりする。何だろねぇ。個人情報絡みか???
それでも表札で名前が確認できたりすると「あぁまだここにいるんだ」とうれしいようなホッとするような何とも言えない気持ちになる。まぁ本人がいるかはわからんけどね。みんな世帯とか持ってるだろうから親しか住んでないかもしれん。
そして中央公園まで戻る。北公園まで行こうかとも思ったけどこの後の行程を考えると厳しいので割愛した。ところでこの中央公園、周りが坂道なのでホームランとか打ったあかつきには転がるボールを追いかけて坂道を走って行かねばならぬ。まぁそれはこの公園だけの話ではなく山を削って作られたこの団地の空き地全般に当てはまるんだが。
おぉ~ここにも㊗可部線延伸開業の幟が。ちなみに県信の横っちょである。










こんな感じの坂道ばっかり。さっきの続きだけど道路にボールが出たら大変だ。
歩いていたら前方から亀山中の生徒たちがやってきた。すれ違いざまに「こんにちわ~」と挨拶してきたのでこちらも「ちわ~」と挨拶。いや~気持ちがいいね。そういや僕も小学生の頃は学校帰りに出会った人には「ただいま帰りました~」って挨拶してたな。自分がされる側になって「あぁこんな感じなんだな」って初めてわかった。  
  
友達の家を巡りつつぜひとも行きたかった場所へと向かう。ところで今思えば小学校の頃ってめちゃくちゃ友達多かったな。その子等の家の場所もだいたい覚えている。一方で中・高・大と進むにつれて友達の数自体は減っていった。中高なんかは半分くらいが寮とか下宿だったからそいつらの家とか全然知らんし・・・。
    話を戻してぜひとも行きたかった場所とは・・・











 両延神社。ここで行われる秋祭りはめちゃくちゃワクワクしたし懐かしい思い出だ。写生大会でも来たような気もする。本堂まで行こうと思ったけどダイブ時間が押してきた。このころには夕方の三江線の撮影はあきらめた。しかし芸備線で三次までは行きたい。というわけで残念だけど本堂はあきらめた。

  
   両延神社の階段を下ったところにある公園。ここも懐かしい。昔から変わらずここにあってくれてなんかうれしい。






そしてこの空き地。ここには昔、何かの官舎があった。県住じゃなかったと思うから何かの公務員官舎だったのかなぁ。ここにもK川君やY本君といった友達がいた。ちなみにK川君とは後に僕の母校の高校入試で出会った。うちの学校に来るのかと思ったら実は滑り止めで受けに来てただけで彼は別の高校に進学。で、大学は阪大に行ったらしい。他にも広大にいった奴や九大にいった奴もおる。僕とはえらい違いだ・・・。
   そして目の前の大毛寺川に向う  







 大毛寺川。僕らが近所の子等と釣りや魚取りに行くとすればいつもこの川だった。
     












生まれて初めて魚を釣ったポイントに行ってみる。ちなみに初めて釣った魚はアブラハヤ。
う~む、なんかえらいすっきりしたように感じる。昔、ここは砂利道で草とかも生えてたように記憶が・・・。
それになんか笹薮みたいなところから川に降りたような記憶があるんだが・・・




この川のほとりの用水路は記憶にある。しかしポイントがわからない。なんか落ち込みみたいな場所があったと思うんだが・・・。
しばし歩いて振り返ってみてもしっくりこない。そもそも笹薮がない・・・。伐採されちゃったのかな???
つーかよくこんな川で遊んどったな。水量も少ないし決してきれいじゃない。昔と変わっちゃったのかな???昔は確かにここで釣りとか魚とりとかしてたんだが。
そんなことを思ってたんだがそれでも橋の下で遊んでる2人の男の子がいた。
ポイントを探しつつ川沿いを折るいていたら川の中で波紋が広がっている。目を凝らすと「お~ヌーだ。」
ヌートリアが泳いでいた。ここにもいるんだな。
ところでこんなの前からいたんだろうか???子供のころは全く見たことがない。初めて見たのは確か13年前。伊丹の小屋池公園にて。鳥の写真を撮りに行っててふと池の中に目をやるとそこにヌーが泳いでいた。こんなのが日本にいるなんて知らなかったしその姿から「おぉぉぉぉぉ~!!!!!ビーバーじゃ!!!!ビーバーが泳いどる!!!」と興奮しながら銀塩カメラで写真を撮りまくっていた。今思えば銀塩カメラとはなんと金のかかるカメラかと思う。フィルム代に現像代にプリント代。しかも現像するまでどう映ってるのかわからんなど何ともリスキーなカメラだったな。「デジカメなんかおもちゃじゃわい!」とけっこう銀塩で粘ったけど今となっては「そんな時代もあったな」って感じである。
途中の道路を渡ってさらに川沿いを歩く。すると「ん???」
前方に笹薮が見えてきた。





ん~ここか???でも水量も少ないし昔のイメージとは違う。でもこの笹薮は記憶の中にあるのと重なるんだよなぁ~。
  
  
  
  
  
  
  
結局行きたかったポイントがどこだったのか判然としないまま大毛寺川をあとにした。
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